思いやりの処方箋
処方箋を提出しに調剤薬局に入ると、揉めている声が耳に入ってきた。狭い店内には薬剤師が二人、客が一人。どうやら、客が求める薬がこの調剤薬局にはないらしい。
薬剤師が、「通常だったら近くの支店に問い合わせますが、今日は日曜日で他の支店が閉まっているのでできません。日曜日も営業している薬局がありますので、そちらに行って確認してみては?」と何度も訴えている。しかし、客は興奮していて、どうしても状況が受け入れられないようだ。
薬剤師が気の毒だなと思う反面、その客の気持ちが痛いほどわかる自分がいた。妊娠中、薬が手に入らずに非常に困ったことがあったからだ。
妊婦健診で、トキソプラズマ症の値が基準値を超えてしまったのだ。トキソプラズマはネコ科の動物を最終宿主とする寄生虫で、妊娠中に初感染すると胎児に大きな影響を与える可能性がある。医師からは、すぐに『スピラマイシン』という専用の抗生物質を毎日飲むようにと言われ、処方箋をもらった。ところが、あまりに特殊な薬らしく、薬局を何件も回るも「取り寄せるには時間がかかる」と言われてしまい、すぐに飲み始めないといけないのに……とどんどん不安になっていった。最終的に五軒目でようやく見つけたときには、ほっとした反面、気が抜けてぐったりしまった。
「処方された薬が手に入らない」という状況は、まさに一大事だ。あのときの不安と焦燥感は、今でも鮮明に覚えている。
そのときのことを思い出しながら、薬剤師の冷静な対応を見守っていた。最初は客を説得しようとしていた薬剤師も、次第に客の心情に寄り添おうとしていた。そうすると、徐々に客の興奮がおさまり、「別の薬局に行ってみるよ」と言って退店していった。
そうして私の番になった。薬剤師に無理に労いの言葉をかけることはなかったが、このような現場に居合わせたら、人はいつもよりも「良い人間」であろうと振る舞うのではないだろうか。すべての手続きが終わると、薬剤師が軽く雑談を始めた。彼のはにかんだ笑顔に心があたたかくなる。少しだけでも安心してもらえたのかもしれないと思うと、私もほんの少し「誰かのためになれた」と感じられた気がした。
小さなやりとりの中にも、人と人としての絆を感じることができる。私たちは日々の中で、こうした温かな瞬間に支えられているのだということを改めて考えさせられた。